破れないフィルム 破れなかった夢。「コスモシャインSRF®」世界シェア60%の舞台裏
フーちゃん
「Voice by TOYOBO」第4回は、液晶向け偏光子保護フィルム「コスモシャインSRF®(以下、SRF)」をめぐる物語をご紹介します。
オー太
LED光源を利用する液晶ディスプレーで虹むらを解消できるというあれだね!
ハカセ
主に大型の液晶テレビに使われていて、なんと世界シェアは驚異の60%(※1)です。
(※1) 当社推定
カンビー
今回は犬山工場内の保養施設『白帝荘』にプロジェクトに携わった4人のメンバーが集まり、プチ宴会形式で熱い日々を振り返りたいと思います!
フーちゃん
それではレッツゴー!
Index目次
メンバーの紹介
後列右:川名夏紀さん
現職:海外工業フイルム営業部長
当時は海外工業フイルム営業部でSRFの営業担当者として販売活動に従事。その後はマネジャーを経てSRF担当部長に任命される。SRF全体の営業を統括した。
最近はまっているのは筋トレ。
メンバー評「川名さんはユーモアがあり温和な人ですが、策士で裏の顔も」(村田さん談)
前列左:杉本憲太さん
現職:つるがフイルム工場品質保証部課長
当時は製造部に所属し、生産技術の担当者として技術の構築に従事。
最近はまっているのは息子の野球。休日は早い時には朝4時台に起きて送り出し、試合観戦をしては結果に一喜一憂している。
メンバー評「大変な状況でも前向きに、明るくこなせるすごい人」(桐野さん談)
後列左:桐野智明さん
現職:犬山工場品質保証部長
当時は犬山工場の品質保証グループの課長として犬山工場の製品の品質保証全般を担当。SRFに関してはお客さまとの品質に関する協議において工場の窓口として対応していた。
最近はまっているのはメジャーリーグ。数年前から観るようになったとのことで、大谷翔平選手ファンの妻とともに一緒にテレビ観戦している。
メンバー評「桐野さんは、品質保証の立場でアドバイスしてくれ、判断が的確で頼りになる人。家に帰っているのか心配になるぐらい仕事に熱中される方。そんな中、お付き合いのお酒にも参加されている」(川名さん談)
※組織名は2024年3月時点
破れ続ける日々
ある東洋紡社員の発見からすべては始まった
全員:かんぱーい! おいしそうな食事ですね!
今日はよろしくお願いします。
全員:よろしくお願いします。
さっそくTOYOBOが誇る液晶向け偏光子保護フィルム「コスモシャインSRF®」について話を聞いていきたいのですが、まずは改めて、偏光子保護フィルムとは何なのかを教えてください!
村田:偏光子保護フィルムというのは、液晶テレビに使われている部品のひとつです。私たちが映像を見るためには、液晶を2枚の偏光板という部品で挟んで光が通る量を整える必要があるのですが、この偏光板の偏光機能を発現させる偏光子を保護するフィルムです。
川名:当時、偏光子保護フィルムにはTAC(トリアセチルセルロース)フィルムというものが広く使われていたんです。
桐野:ある時、海外の加工メーカーさんから「TACフィルムに代わるものとして、PET(ポリエチレンテレフタレート樹脂)という素材を利用できないか」と打診があり、開発が始まりました。
杉本:PETは耐水性や熱特性に優れているし、コストダウンも実現できる。もしTACに代わる新しいフィルムを生み出すことができれば、市場を変えることができる、という目論見でした。
村田:ところが、PETを偏光子保護フィルムに使用するとわずかに虹むらが出てしまうんです。その問題に対して我が社の工業フイルム開発部の現フェローである技術者が、超高レタデーション化(※2)のPETフィルムを偏光子保護フィルムとして使用することで虹むらを解消できるということを発見しまして。それで開発テーマがスタートしました。とはいえ、この時点では、会社からもそれほど期待されていたわけではなかったんです。他の大きなテーマやプロジェクトの陰に隠れて、粛々とやっていた感じですね。
(※2)レタデーション:複屈折材料を通過したときに生じる複屈折位相差のこと。
杉本:当時、僕は入社3年目で、製造部で数多の開発テーマに対して試作を繰り返していました。新しい偏光子保護フィルム案件(のちのコスモシャインSRF®)も、その中のひとつ。他のテーマと同じように試作をひたすら積み重ねる、という感じでした。
約2年間続いた、破れては片付けて、の日々
試作は順調に進んでいったんですか?
村田:フィルムが破けないようにすると、必要な性能を出すことができない。性能を出そうとすると、破けやすくなってしまう。この矛盾を開発側ではどうすることもできず、結果的にその解決が工場頼みになってしまうことが多くて……。本当に心苦しかったですね。工場の生産技術担当が杉本さんだったんですが、彼じゃなかったらギクシャクしていたと思います(笑)。明るく前向きな性格の彼に本当に救われました。
杉本:いやいや、開発のリクエストを形にするのが、僕ら生産技術の仕事なので。
僕は当時、工場長に、こんなことを言われていたんです。「作るプロなんだから、俺たちで何とか形にしよう」と。ですから、できないということは僕らの力不足なんです。
村田:とはいえ、現実はあまりにも厳しすぎました。通常であれば、工程を経たフィルムは巻き取られていくのですが、このフィルムは特殊なため破けやすく、また破けたものを繋ぎ合わせるのに非常に時間がかかるという特性がありました。人をかき集めて人海戦術で挑んだのですが、来る日も来る日もフィルムは破れ続けて……。しかもフィルムが破れると大量のクズが出るんです。それをかき集めて移動させないと作業が進みません。このクズの処理がまた重労働で……。
頑張っても頑張っても形にならず、ことごとく破れ、クズを片付ける。そんな日々が2年ほど続きました。
2年間も!そ、壮絶ですね……。
村田:SRF構想は、「本当に製品化できたらすごいことだろうけど実際には難しいよね」というのが本音だったんです。私の個人的な見解じゃなくて、周囲のみんなが持つ共通認識でした。
そもそも試作品が製品化へ辿り着くのは、ごくごく一部なんです。開発段階でふるいにかけられて、その時点で消えていくものが山のようにありますし、工場へ進んだとしても、そこから実際に製品化に至るものは1割あるかどうかですから。
桐野:一旦中止して、どうすれば改善できるかを話し合って、もう一度仕切り直す。その繰り返しでしたよね。
村田:杉本さんをはじめ工場の皆さんが、本当にチャレンジしてくれて。そのおかげで僕らも頑張り続けることができました。
桐野:苦しい時期を乗り越えることができたのは、お客さまの熱意も大きかったですね。前述の海外メーカーさんが、偏光板事業の命運をかけて開発に取り組んでくださることになりまして。社が立ち直るか、倒れるか。そのくらいの決意を表明されたんです。だから我々も逃げられなくなったと(笑)。
カルチャーショックをバネに
川名:お客さまの熱意にほだされ、我々としてもより一層真剣に取り組んだのですが、最初に突き当たったのが異国とのカルチャーショックでした。そのひとつがスピード感です。
何か課題が見つかったら「明日までに何とかしてください」と言われるんです。私が面食らっていると、「明日までに決まっているでしょ」と。
意地悪でもこちらを試しているわけでも何でもなくて。お客さまの国では当たり前のスピード感なんですよ。
村田:海外のメーカーさんの基本姿勢は、トライ&エラーなんです。失敗してもいいからどんどんやってみる。対して日本は、緻密に計画を立て、計算して、作戦通りに進めていく。どちらが良い悪いではなくて、スタイルが違うんです。
川名:走りながら考えるのが海外。急がば回れが日本。そんな感じですね。
桐野:メーカーさんには「やってみて違うと思ったら変えていけばいい」と、はっきり言われたこともありますよ。
川名:我々も最大限努力はします。でも、明日はどうやっても無理だという場合もありますよね。そういう時は、話し合いの中で、むにゃむにゃむにゃと(笑)。
もうひとつのカルチャーショックは、経験したことがないレベルでの要求品質基準です。あまりにも高かった。
桐野:当社はこれまで食品包装用だったり、産業資材用だったりと、さまざまな工業用フィルムを手掛けてきました。それぞれ要求品質基準が違うので、その都度、懸命にギャップを埋めてきました。でも今回の基準はレベルが違いました。
杉本:特殊な製造方法のため、あまりにも難しすぎたんです。何とか形にして、これなら十分に機能するのではないか、とこちらが思っても、お客さまには納得していただけなくて。月に一度、工場で開かれる品質に関する会議があったのですが、進捗状況を報告するたび厳しい意見に晒されました。
桐野:新しい素材であるPETフィルムに挑んでいる以上、従来の素材であるTACフィルムを超えなければ意味がない。それがお客さまのリクエストでしたから……。
潮目が変わったのは2012年ですね。想定したコストに追いつかないなど問題は山積していましたが、これから伸びそうな重要なテーマということで「社長直轄プロジェクト」に選ばれたんです。
川名:なんといっても、プロジェクト体制になったことで開発・製造・品質保証・営業がそれまで以上にベクトルを合わせることができたのが大きかったですね。開発・営業だけでなく、製造・品質保証も直接顧客と対峙してくれて。従来の常識では受け入れ難い要求をモノづくりの現場にしっかりと落とし込んで、着実に課題解決を行っていくことができました。
驚異の世界60%シェア
皆さんの奮闘の末に製品化されたコスモシャインSRF®は、今では多くの液晶テレビや大型モニターに採用されています!
村田:まずは製品化されたことが嬉しかったですね。本来、試作を重ねても、製品化に辿り着くこと自体が圧倒的に少ない世界なので、正直ホッとしました。
この時点で誰一人として、のちの展開を夢にも思っていなかったんですよね? 世界シェア60%という途方もない数字を……。
桐野:SRFがこれだけの高いシェアになるなんてことは、製品化の時点では全く考えてもいませんでしたよ。
村田:大きかったのは、時流と市場が味方についてくれたことですね。テレビ画面がどんどん大型化していきましたから。大型化するとパネルがたわみやすくなるんですが、SRFはたわみを抑えられるんです。それで大型テレビにどんどん採用されるようになったのだと思います。
桐野:試作の初期段階の頃、お客さまに言われたんです。「SRFの製品化が実現できたらライバルがいない状態になるはず。だから頑張ってください」と。その通りになりましたよね。
改めて、世界シェア60%ってとんでもない数字ですよね!
川名:今、冷静に考えるとすごい数字だとは思います。でも急にそうなったわけではなくて、1ラインずつ増産体制を整えていって、気が付いたら数字が伸びていたので。ようやくここまで来たなぁという感じですね。
村田:世界の液晶テレビの2台に1台以上、SRFが使われている。そう考えた時は、信じられませんでした。ある日、確かめたいと思って家電量販店に出向いたんです。ちょっと特殊な見方があって、店頭で確認することができるんです(笑)。すると、本当に結構な比率で使われていることがわかりました。嬉しかったですね。
桐野:そもそもは「TACフィルムをPETフィルムに置き換えよう、それによってコストダウンできたらいいね」というスタート。製品化まで時間もかかったし、世に出てからもじっくり売れていきました。だから驚くというよりは、「ああ良かったなぁ」と胸を撫でおろした感じです。
コスモシャインSRF®が与えてくれたもの
コスモシャインSRF®は、皆さんにどんな学びを与えてくれましたか?
川名:2012年から有償サンプル販売を始めて、赤字を垂れ流して、不良在庫を山ほど抱えて。2015年には「もう無理じゃないか」という声が挙がるようになって。そんな歴史を乗り越えて、今があります。だからもう、たいていのことには動じなくなりました(笑)。何か問題が起きても何とかなる、と思えるようになりましたね。
村田:テストの段階から世界シェア60%達成まで、こんな成功体験をさせてもらえるなんて、すごく貴重なことだと思います。今後、壁にぶつかっても、この経験は自信になります。とはいえ、私自身が問題解決したことって、少ないんですよね。周りの皆さんの力なんです。自分で解決できないことは、人を頼っていいと思えるようになりました。
桐野:スピード感や要求品質水準など、お客さまとのギャップに苦しみましたが、その対応にだんだんと慣れていきました。間に合う部分は間に合う、出来ないところは出来ない、とはっきりお伝えするようになりました。図太くなった部分はあると思います(笑)。SRFは、我々の経験値をすごく引き上げてくれました。
現在も他製品のいろいろな問題に関してお客さまと対峙しても「あの頃に比べたら全然大丈夫」という風にどんと構えることができています。
杉本:SRFを作ることができたおかげで、他の工業用フィルムのレベルも上がっています。当社の技術構築の転換点になったと思っています。それに携わることができたのは素直に嬉しいし、誇らしいですね。
思えば僕がまだ若手の頃、しこたまお金を使わせてもらいました(笑)。経験の浅い自分に、思い切ったことをやらせてくれたんです。そんな会社だからSRFが生まれたんだと思います。
TOYOBOってチャレンジさせてくれる会社なんだよ、ということを就職活動中の学生さんにもお伝えしてます(笑)。
本日はありがとうございました!
全員:ありがとうございました。
とても熱いお話でした!
破れても破れてもやめなかったチャレンジが、世界シェア60%を勝ち取ったのね!
世界シェア60%の裏には、こんなすごいエピソードがあったんですね!
4人のメンバーの皆さん、SRFに関わったすべての皆さんに拍手です!
チャレンジさせてくれる社風の中で、とことん挑み続ける社員たちは今後どんな夢を形にしていくのか。楽しみです!
#今回の撮影場所
東洋紡 犬山工場
愛知県犬山市大字木津字前畑344
TEL 0568-62-0610
2023年12月に、高機能フィルムの研究棟「テクノブリッジ」が新設されるなど、今なお進化し続ける東洋紡のフィルム事業の基幹生産工場。コスモシャインSRF®は、この犬山工場と敦賀事業所内のつるがフイルム工場で生産されている。
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現場の「声」をお伝えします
TOYOBOの体温とは、世の中の課題解決に挑むTOYOBOで働く人々の日々奮闘する様子やプライドを持って働く熱意です。 なかなか世の中に出ない製品誕生の裏側から、TOYOBOで働く人々の日々のコミュニケーションや暮らしなど、関係者の体温がこもった「声」をお伝えします。
前列右:村田浩一さん
現職:工業フイルム開発部マネジャー
当時は敦賀フイルム技術センターに所属し、SRFの開発を担当。その後、リーダーとして開発品を工場への生産に移管した。
最近はまっているのは、B3(一般社団法人ジャパン・バスケットボールリーグが運営する男子セミプロバスケットボールリーグ)に参戦している地元のバスケットボールチームの応援。
メンバー評「村田さんはお酒が入ると陽気になる人。技術的な知識が深く、当時も今も何か困ったら相談に乗ってくれる頼りになる存在」(川名さん談)